仏壇前の提灯

火葬場の歴史とは


火葬の始まりはいつ頃なのか?

基本的に人が亡くなると葬儀のあとに火葬場に行って荼毘に付しますが、歴史は古墳時代の6世紀から始まっていたと伝えられています。最近では京都などに天皇の火葬塚などが残されて名称にもなり、当時から荼毘に付してあの世に行くようにするしきたりがありました。日本書紀の中で法相宗の開祖の道昭が700年に火葬されたと記され、この記録が最初のようです。その後、702年に亡くなった持統天皇は天皇では最初に火葬され、その後は一部の僧侶や貴族などの間で行われるようになりました。そして、仏教の普及により国内に少しづつ広まっていき、背景には釈迦が荼毘に付されたことにちなんでいると言われています。平安時代の火葬は皇族以外に貴族や僧侶を中心に広まり、当時は墓地などに浅い溝を掘って石や土器で火床を作って行っていました。その後、鎌倉時代に浄土宗や浄土真宗、禅宗、日蓮宗など鎌倉仏教が庶民に普及し、庶民への火葬も広まり野原で薪を積んで遺体を燃やす野焼きの方法で江戸時代まで続きました。



火葬場の設置の歴史

火葬場は江戸時代になるとお寺の境内や墓地の敷地に作られ、都市部を中心に庶民も行うことが一般的になりました。当時の構造は簡易な屋根や壁を使った小屋の中に火屋を設け、野焼きから変わっています。しかし、臭気や煙の問題もあり火葬が主流にならなかったもので、浅草や下谷のお寺の火葬場が幕府の指定地に移転させられました。江戸時代はキリシタン禁制で寺請制度が強制され、僧侶は檀家で死者が出るとキリスト教徒でないことを確認し悟りの道に導く儀式が行われ現在の火葬として普及していきました。明治時代になると神道派が火葬が仏教葬法のため廃止すべきと主張して1873年に政府が禁止令を出しましたが、2年後には都市部を中心に土葬用墓地が不足して撤廃されています。その後は公衆衛生面で火葬が義務化されるようになり、人口密集地域では土葬の禁止が行われ火葬炉が開発されました。火葬炉の構造はレンガなどで燃焼室や煙突を作り、薪の使用量が減り燃え残る遺体が少なく臭気を減らせるなどの効果があり火葬場が増える原因になっています。そして、1875年に煙突の高さを7メートル以上にして設置場所を人家から200メートル以上離れさせ、臭気を防ぐように燃焼室や煙突を備えるように指示を出して1884年に初めて火葬場という言葉が使われるようになりました。



火葬場の進化の歴史

東京府の火葬場の扱いは夜8時から翌朝の5時までに限定し、火葬炉の設置数や煙突の高さなどを決めた火葬場取締規則を改正して全国に広まりました。この頃から火葬場の建設は民間に代わって自治体が推進し、大正時代に石炭や重油が燃料として使われ大幅に燃焼速度が早くなりその日のうちに拾骨ができるようになっています。このため、都市部では斎場という名前を付けて通夜や告別式を行う式場が登場し、火葬場と同じ敷地に作られるようになりました。昭和40年代は大都市を中心に周辺の人口が増加し、火葬場は嫌悪施設として扱われて公害対策をするため近代化が進められています。においの原因になる石炭や重油は灯油や都市ガスまたはLPガスになり、電気集塵機やバグフィルターを設置してダイオキシン類の発生を抑制しました。近年は火葬場に付きものだった煙突を短くするようになり、近隣住民への抵抗をなくすために美術館のような個性的な外観になっています。このような進化もあり全国の火葬率は100年前は40%程度でしたが、現在ではほぼ100%になっていることが特徴です。


木魚

火葬炉の方式とは

最近では人が亡くなると衛生の観点から土葬が禁止され火葬が義務化され、遺族にとっては火葬場に行って火夫に依頼するようになりました。その際に火葬炉の中が見えてしまうなどのトラウマを持つ遺族も多く、昭和50年代後半になると焼却炉が見えないように冷却室を設置する火葬場も増えて現在ではこの方式が当たり前になっています。しかし、東京都内の民営火葬場は燃焼効率を上げないといけないためロストル式を採用し、火格子の上に棺を置いてバーナーで償却する方法を採用していますが全体の3%と少ないです。現在は台車式を採用し遺骨がきれいに残るように配慮され、火葬炉の化粧扉の装飾にこだわり内部はステンレスで囲まれた冷却室を設置し副葬品のチェックをして焼却を行っています。



現在の火葬場の事情

最近では都市部を中心にマンションなどの集合住宅が増え、自宅で葬儀を行えないため火葬場の敷地内に併設することや同じ建物の内部に式場を設ける傾向があります。また、葬儀と火葬を同じ場所で行うため段取りがスムーズになり移動するための費用がかからなくなりますが、死亡者が増えてくると処理が追いつかなくなり主要都市を中心に死亡から火葬まで1週間以上の待ちが発生するため遺体保管をするための対策に追われています。一方で地方都市など市町村合併で複数の火葬場を持つようになった自治体は維持費の観点から需要に応じて整理し、利用率が少ない施設は廃止するようになることや複数の古い火葬場を統合して新しく建設する傾向があり火葬場の数は年々減少しています。